人生、無駄に少年時代を過ごしている様で、大人になる裏付けがあった事に後で気付く
勿論、これは-遡る-という作業が必要不可欠ゆえに、未来にいる40を過ぎた今の私にしか語れないことなのだが
確か...工業高校に進学したのも、「単に手先が器用だった」という安易な理由だった
ずっとそう、細かい物をいじり作る事が好きだった
好きだったが...いつしか-得意-となった
小学校高学年、中学生になる頃には「美術」はいつも評価は-5-、課題を出されれば賞を獲るのは当たり前だった
特に粘土などを使った作業は得意で、今でも印象的なのが中学校の授業で作ったブロンズ像は今でも脳裏に焼き付いている
基本、絵を描くことが好きな少年だった
今で言うと、意外と「陰キャ」だったし、もろインドア派だった
幼い頃から兄弟揃って祖父が師範をつとめる書道教室へ通い、よく泣きながら最後まで残され書かされた
その血と経験があり、学生時代は毛筆は敵なし
兎にも角にも、手先を使いイメージしそれを表現する事に長けていたのだった
こういった英才教育の効果もあり、嫌いで仕方なかったのも本音だが、自然と器用さや物を観て形どる才能が開花する
今の職業に通ずるものが当然あり、所謂「原点」だろうと思う
「ファッション」と言うキーワードは、学生時代に海外のトレンドに魅了され、その後専門知識を学びながら、実践で店舗販売やバイヤーをする様になり、最終衣類に携わる事こそ-天職-と思えた
その中でも、かなり拘り抜いたのが小学校高学年でハマった...イラストの懸賞だった
元々雑誌が好きで、その中で官製はがきにイメージしたキャラなどのイラストを描き送る、この一連の行為にハマる
出した次月号の後ろに、入選者の名前が一覧になっており...かなりの確率で名前を載せた
特に、先日息子が初めて購入した、青年期に一大ムーブメントを起こした #ミニ四駆 にはどっぷりハマった
この時期に、今の私の自信となる出来事が起こった
当時、ミニ四駆の漫画が掲載されていたコロコロコミックに #ダッシュ四駆郎 という人気の作品があった
そこに...主人公とその仲間が、販売されている車種ではなく-オリジナルのミニ四駆-を各自持つというストーリーになり...雑誌で、そのデザインの公募が始まった
そして...名前だけ決まっている、主人公の親友タンクローが持つ二号車「バーニングサン」の公募が始まった時、私の頭に電気の様なものが走った
すると...瞬く間にデザインが湧き上がり、はがきに色付きでデッサンを描き送る
結果...私は最優秀賞は逃すものの、二番目に良い-優秀デザイン賞-をいただき、この時だけは懸賞ページに名前が載るのではなく、作品ごと掲載された事に子供ながらに酔いしれた
最終的に、この賞の景品は「まだ発売前のデザインが決定したバーニングサン号の非売品テレカ&ミニ四駆本体」だった
これが揺るがない自信となり、自分の「力」を信じれるようになった
こうして今の自分がある
一つの出来事、好きなこと、得意なこと、こだわりが...仕事となった
今でも絵を描く事は、機会こそないものの多分遣りだしたらハマるであろう
だって...ずっとずっと「好きだった」から
ではまた
藍-好きこそ物の上手なれ-の人
